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スーパーコンピュータとデータ同化による天気予報の高精度化・高速化への挑戦
スーパーコンピュータとデータ同化による天気予報の高精度化・高速化への挑戦
データ同化研究チーム チームリーダー 三好 建正
理化学研究所計算科学研究センター データ同化研究チームでは2013年から、スーパーコンピュータ「京」を使い、データ同化と呼ばれる方法により、シミュレーション※1 と観測データを融合させることで天気予報の高精度化・高速化を進めてきました。その集大成として「超高速降水予報システム」を開発、2020年8月には、世界初となるリアルタイムゲリラ豪雨予報の実証実験を成功させました。今後は「富岳」を使い、さらなる高精度化・高速化に取り組む計画です。
(代表者:理化学研究所 計算科学研究センター データ同化研究チーム チームリーダー 三好建正)
- 1 シミュレーション: ここでは、コンピュータを使ったシミュレーションのこと。自然現象、社会現象をモデル(方程式)によって表現し、いろいろなケースにおいて、その振る舞いを計算すること。
データ同化により高精度の「ゲリラ豪雨予測手法」を開発
近年、世界各地で気候変動の影響もあり自然災害が深刻化しています。特に日本では、局地的に突発的な大雨をもたらすゲリラ豪雨による災害リスクが増大しています。
現在、天気予報には、スーパーコンピュータによるシミュレーションが使われています。そして、シミュレーションに実際の観測データを取り込み、予測精度を高めることをデータ同化といいます。データ同化は、数値計算による天気予報の要です。
しかし、現在、気象庁が運用している「降水ナウキャスト」※2 による天気予報では、ゲリラ豪雨の数分で急激に発達する雨雲をとらえることができません。また、1 kmよりも粗い解像度では、ゲリラ豪雨を引き起こす積乱雲を十分に再現することができません。
そこで、データ同化研究チームは、データ同化による天気予報の精度の向上に取り組んできました。その結果、2016年には、スーパーコンピュータ「京」を使った解像度100 mという高精細なシミュレーションに、「フェーズドアレイ気象レーダ(PAWR)」※3 から得られる膨大な量の観測データを同化させることで、「解像度100 mで、30秒ごとに更新する30分後までの天気予報」という、それまでとは桁違いの高精度の「ゲリラ豪雨予測手法」の開発に成功しました。
しかし、当時は、本来30秒以内に完了しなければならない計算に約10分を要したため、30秒ごとに送られてくる観測データを時間内に処理できませんでした。そこで、今回、データ同化研究チームはリアルタイム予測のための技術開発に取り組みました。
- 2 降水ナウキャスト: 観測データによる直近の降水分布の動きを捉え、それがそのまま持続すると仮定して、将来の降水分布を予測する手法。雨雲の発生や発達などの気象学的なメカニズムを考慮しないため、計算が単純で高速でできるが、予測時間が長くなると精度が急速に低下するという問題がある。
- 3 フェーズドアレイ気象レーダ(PAWR): ゲリラ豪雨や竜巻などを観測するため、情報通信研究機構、大阪大学、東芝が開発した最短10秒間隔で隙間のない三次元降水分布を100 mの分解能で観測することが可能な最新鋭の気象レーダ。将来的には突発的な気象災害の監視や短時間予測に役立つことが期待されている。
世界初、リアルタイムで30秒ごとに観測データを取り込みゲリラ豪雨を予報
- 4 スーパーコンピュータ「Oakforest-PACS」: 筑波大学計算科学研究センターと東京大学情報基盤センターが共同運営する、最先端共同HPC基盤施設の共同利用スーパーコンピュータシステム。
- 5 マルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダ(MP-PAWR): 内閣府のSIP「レジリエントな防災・減災機能の強化」の施策として、情報通信研究機構をはじめとする研究グループが世界で初めて開発した。MPレーダの高い観測精度とフェーズドアレイ気象レーダの高速(およそ30秒で)三次元観測性能を併せ持ち、長期にわたる降雨の連続観測も可能。
- 6 全球数値天気予報システム: 地球全体を対象とした数値天気予報システム。
「富岳」を使った高精度化、高速化、低コスト化にも挑戦
現在、データ同化研究チームでは、「富岳」を使った、超高速降水予報システムのさらなる高精度化、高速化、低コスト化にも取り組み始めています。
実用化には、小規模なコンピュータでも実行可能なレベルまで、必要な計算量を減らさなければなりません。今後は人工知能(AI)を駆使することで、計算量の縮小を図る計画です。
「富岳」ならではの長所に、AIを使ったビッグデータ処理にも強い点があります。大容量のシミュレーション結果をそのまま「富岳」上でAIに学習させることができるのです。それにより、毎回大規模計算をする必要がなくなり、計算量を大幅に減らすことができます。その結果、小規模なコンピュータでも実行可能になるというわけです。
AIによるビッグデータ処理に特化したスーパーコンピュータもあるので、「富岳」でのシミュレーション結果を、そういったスーパーコンピュータを使って学習させればよいのではないかと思う人もいるかもしれません。しかし、スーパーコンピュータ間で大容量のデータを伝送するには非常に時間がかかるため、現実的ではありません。その点で、大規模シミュレーションとAIによるビッグデータ処理の両方を実行できる「富岳」の優位性は非常に高いと言えるでしょう。
加えて、「富岳」では「巨大アンサンブルデータ同化」にも取り組む計画です。現在、シミュレーションによる天気予報では、予測精度を高めるため、「アンサンブル予報」という手法を用いています。これは複数の異なる初期値を用意することで、時間の経過とともに拡大する予測の不確実性を正確に捉えようというものです。「アンサンブルデータ同化」では、この複数のシミュレーションを使ってデータ同化の解析精度を上げ、予測精度の向上を図っています。アンサンブルの数は多ければ多いほど予測精度が高まります。特にアンサンブルの数が多いものを巨大アンサンブルデータ同化と呼んでいます。
2016年の「京」を使ったシミュレーションでも、通常の100倍の1万個の巨大アンサンブルデータ同化を実行しましたが、解像度の面で課題が残りました。それに対し、「富岳」では、高解像度による巨大アンサンブルデータ同化を実現することで、ゲリラ豪雨や台風などの発生に関する予測精度を大幅に向上させることができるのではないかと期待しています。
人工衛星の観測データを使ったデータ同化により、5日後までの世界の降水予測に成功
日本のみならず、近年、世界各地で過去に経験したことがない大雨や渇水などの自然災害が頻発しています。そのため、データ同化研究チームを中心とする国際共同研究グループは、人工衛星の観測データを使った世界の降水予測にも取り組んでいます。
長年、降水量の観測には雨量計が使われてきました。しかし、雨量計の設置が困難な海洋上や極域では、降水量を正確に測ることが困難なことから、広範囲にわたり雨雲を観測できる観測衛星が打ち上げられるようになりました。観測衛星には降水レーダが搭載されたものがあり、雨雲の立体的な分布を観測できます。現在、複数の観測衛星による各種観測データを統合した「衛星全球降水マップ(GSMaP)」※7 が宇宙航空研究開発機構(JAXA)により開発され、リアルタイムで運用されています。
降水予測の方法として、「降水ナウキャスト」と「数値天気予報」※8 という2つの計算手法があります。しかし、降水ナウキャストは高速で計算できる半面、予測時間が長くなると精度が急速に低下するという課題があります。また、数値天気予報は予測時間が長くなっても精度を高く保つことができる半面、スーパーコンピュータを使った複雑な計算が必要です。
2013年4月、国際共同研究グループは、降水予測の高度化を目指し、観測衛星による降水観測データを生かした降水予報の研究を開始しました。まず、従来の降水ナウキャストにデータ同化を取り入れ、予測精度を向上させた新しい降水ナウキャストを開発し、これをGSMaPに適用しました。次に、降水ナウキャストとは異なる高度化技術である「NICAM-LETKF数値天気予報システム」※9・10 を新たに開発し、このシステムにGSMaPのデータを同化させることに世界で初めて成功しました。降水観測データを数値天気予報に用いるのは、気象学における難問の1つでしたが、その難題をクリアしたのです。
現在、NICAM-LETKF数値天気予報システムは世界で唯一、GSMaPデータを直接用いたシステムとして、5日後までの世界の降水予測が可能となっています。
- 7 衛星全球降水マップ(GSMaP): 世界の降水分布データ。宇宙航空研究開発機構(JAXA)が作成し、ウェブサイト「世界の雨分布速報」で提供している。同サイトでは1時間ごとの世界の雨を閲覧できる。
- 8 数値天気予報: 気象学的なメカニズムを考慮した物理学の方程式により、大気の状態をコンピュータの数値計算によってシミュレーションして行う天気予報。
- 9 NICAM(Nonhydrostatic ICosahedral Atmospheric Model): 地球全体で雲の発生・挙動を直接計算することにより、高精度の計算を実現した全球気象モデルのこと。
- 10 LETKF(Local Ensemble Transform Kalman Filter): 局所アンサンブル変換カルマンフィルタ。データ同化手法の一種。特に並列計算効率に優れた現実的な手法。メリーランド大学で初めて考案され、世界の様々な数値天気予報システムに実装されている。
「富岳」を使った巨大アンサンブルデータ同化による世界の降水予測の高精度化に挑戦
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(2021年4月13日)