トップページ 研究活動 研究成果 ピックアップ 新型コロナウイルスの治療薬候補の探索と同定に貢献 ~「富岳」による新型コロナウイルス対策その2
新型コロナウイルスの治療薬候補の探索と同定に貢献 ~「富岳」による新型コロナウイルス対策その2
新型コロナウイルスの治療薬候補の探索と同定に貢献 ~「富岳」による新型コロナウイルス対策その2
理化学研究所/京都大学 奥野恭史
新型コロナウイルスの世界規模での感染拡大を受け、2020年4月、理化学研究所は文部科学省と連携し、開発・整備中のスーパーコンピュータ「富岳」の一部を使い、新型コロナウイルス対策に貢献する様々な研究課題を開始しました。
今回は、その第2弾として、「『富岳』による新型コロナウイルスの治療薬候補同定」の現時点における研究成果を紹介します。これは「富岳」を使ったシミュレーション※1により、他の病気の治療に使われている既存の医薬品の中から、新型コロナウイルスに効果のある治療薬の候補を探索・同定することを目的とした研究です。
(代表者:理化学研究所 科技ハブ産連本部医科学イノベーションハブ推進プログラム 副プログラムディレクター/京都大学 大学院医学研究科 教授 奥野恭史)
- 1 シミュレーション:ここでは、コンピュータを使ったシミュレーションのこと。自然現象、社会現象をモデル(方程式)によって表現し、いろいろなケースにおいて、その振る舞いを計算すること。
ウイルスタンパク質に強く結合する医薬品を探索
現在、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、世界中でワクチンや治療薬の研究開発が進められています。
そもそも新型コロナウイルスなどのウイルスの場合、我々の細胞表面のレセプタータンパク質と呼ばれるタンパク質にウイルスのタンパク質が結合することで、細胞内に取り込まれます。そして、細胞内に取り込まれたウイルスは、細胞内でウイルスRNA(遺伝物質)を放出し、このウイルスRNAがコピーされると同時に、細胞の機能を乗っ取り、ウイルスタンパク質を合成することで、ウイルス粒子を生成し増殖していくのです。
これまでの研究から、新型コロナウイルスのウイルス粒子の生成に関与しているウイルスタンパク質は、複数個あることがわかっています。そのため、現在、新型コロナウイルスの治療薬の研究開発では、いくつかのウイルスタンパク質に的を絞り、そのウイルスタンパク質に強固に結合することで、ウイルス粒子の生成と増殖を抑える薬剤の探索が進められています。
しかしながら、ウイルスタンパク質と薬剤がどれくらいの強さで結合するかを実験によって測定することは困難です。そこで、実験に代わる有用な手段として注目されているのが、コンピュータ・シミュレーションです。シミュレーションにより、ウイルスタンパク質と薬剤がどれくらいの強さで結合するかを精密に計算することができます。
本研究においては、新型コロナウイルス粒子の増殖に深く関与している「メインプロテアーゼ」と呼ばれるウイルスタンパク質に的を絞り、「富岳」を用いたシミュレーションにより、2000種類以上の既存の医薬品の中から、メインプロテアーゼに対して強い結合性を示す医薬品の探索と同定を行いました。
「京」でも難しかったシミュレーションに「富岳」で挑戦
実は、「富岳」の前世代のスーパーコンピュータ「京」でも、ウイルスタンパク質と薬剤がどのくらいの強さで結合するかを、シミュレーションにより計算することは可能でした。しかしながら、「京」での計算では、ウイルスタンパク質と作用することがわかっている薬剤を使って、結合した状態を出発点にシミュレーションしていました。タンパク質は複雑な3次元構造をした分子で、構成する原子の数も非常に多いため、「京」をもってしても、薬剤がウイルスタンパク質にどのように結合するかをシミュレーションすることは、非常に難しかったのです。また、数千種類の薬剤について、限られた時間内でシミュレーションするには、「京」では計算容量が足りませんでした。
「富岳」で達成した、分子動力学シミュレーションでの世界初の成果
タンパク質を構成する原子や分子は、周囲にある水分子などと相互作用をしながら、常に少しずつ動いています。このような原子や分子の動きをシミュレーションするために使われる手法が、分子動力学シミュレーションです。
この手法では、まず、観測データなどを基に、原子の最初の配置を決めます。そして、1個の原子に働く他の原子の力を計算します。原子同士の間に働く力には、化学結合の力や静電気力などがあります。次に、力を受けた原子がどのように運動するかをニュートンの運動方程式に基づき計算します。この計算を何度も繰り返すことで、時間の経過とともに原子の配置がどのように変化していくかを再現できます。ただし、タンパク質の場合、何万個もの原子1個1個について、この計算を同時に行う必要があるため、非常に高い計算能力が求められます。それに対し、今回、世界トップの計算性能を誇る「富岳」が威力を発揮しました。分子動力学シミュレーションを用いて、数千規模の化合物(薬剤)とタンパク質の作用を明らかにしたのは世界初の成果です。
結合部位だけでなく表面全体に結合する薬剤の挙動を世界で初めてとらえる
数十種類の医薬品を算出、うち12種類は臨床研究・治験が進行中
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(2021年1月14日)