応用事例

福島第一原発事故で飛散した放射性物質の動きをSCALEでシミュレーション

名古屋大学工学研究科総合エネルギー工学専攻 助教
佐藤 陽祐(サトウ ヨウスケ)氏
佐藤 陽祐の写真

SCALEロゴ画像

SCALE(Scalable Computing for Advanced Library and Environment)は、気象気候の数値シミュレーションを行うためのオープンソースの基盤ライブラリー(*)です。2010年より理化学研究所計算科学研究センターを中心に、気候気象科学を専門とする研究者と、計算機を専門とする研究者が共同して開発を行い、初リリースは2013年。

理研の有するスーパーコンピュータ「京」での運用はもとより、一般的なワークステーションでの運用も想定されており、従来の気象モデルと比べ気象・気候のシミュレーションを、より気軽かつスピーディに実施することを可能としました。

(*)複数のプログラムから共通して呼び出せるように部品化されたプログラムの集まり。

SCALEの活用事例

福島第一原発事故で飛散した放射性物質の大気中での動きのシミュレーション

名古屋大学の佐藤陽祐さんがSCALEを用いて現在取り組む研究は、福島第一原発における放射性物質の飛散状況のシミュレーション。本研究では名古屋大学をはじめとした国内外の研究機関が参加する国際プロジェクトが立ち上がっており、各国の研究機関がそれぞれの気象モデルを用いて同様のシミュレーションを実施しています。
2011年の東日本大震災において、原発から飛散した放射性物質の大気中での動きはまだまだ不明瞭な部分が多く、多彩な気象モデルによるシミュレーションとその結果の比較検討が必要です。
事故後、研究が精力的に進み、放射性物質の観測結果が報告され始めていますが、これは観測地点ごとの状況。シミュレーションによる解析を行うことで、この点と点の間を埋める詳細な飛散物の動きが見えてきます。
SCALEを用いた佐藤さんのシミュレーションをとっても、観測点間をまっすぐ飛散していたと思われていた放射性物質が、実際は一度太平洋上に出てから戻ってきたケースなど、これまでの推論とは少し異なる状況がわかってきました。
これらの研究結果によって得られたシミュレーションの知見や比較検討を通して作られる科学者間でのコミュニティは、世界のどこかで今後起こるかもしれない原発事故などの災害において、より正確で迅速な情報提供を行うための備えとなることが期待されています。

SCALEを用いて行われた福島第一原子力発電所事故時の放射性物質(セシウム:137Cs)拡散のシミュレーション結果。シェードはシミュレーション結果、◯と□は観測結果を表す。数値は底を10とした対数表記(単位はBq/m3

立ち上げが素早く、環境を選ばないSCALEの魅力

佐藤さんがSCALEを利用する上での利点として、シミュレーション開始までの速さを挙げます。通常既存の気象モデルを利用する場合は、関係省庁やソフトウェアの権利者のなどに許可を得ることが求められますが、2条項BSDライセンス(*)のSCALEであれば不要。誰でもソフトウェアをダウンロードするだけで、素早く利用が可能となります。また、雲やエアロゾル(**)などの条件の追加も容易にできるインターフェースがあることも利用のハードルを大きく下げているといいます。
実際に、佐藤さんが福島第一原発の放射性物質の飛散状況シミュレーションを開始するまでにかけた時間は2ヶ月程度。通常こうしたシミュレーションを開始するまでに要する時間が半年〜1年程度と想定されることからもその速さがわかります。

SCALEのコンポーネント群の利用イメージ

(*)カリフォルニア大学バークレー校によって作成されたオープソースソフトウェアライセンス。ソフトウェアを配布する際にライセンス本文・著作権表示・免責事項を含めることを求める。商用利用を含め、目的を問わない利用が可能である。
(**)大気中に浮遊する微細な固体や液体のこと。

さらに、SCALEのメリットはシミュレーションを行う環境を選ばない点にもあります。SCALEは、理化学研究所計算科学研究センター(R-CCS)を中心に開発が行われ、スーパーコンピュータ「京」での運用実績があるものの、実際にはある程度のスペックがあれば、大学のワークステーションなどでの運用も十分に可能。
さらに和・英それぞれのマニュアルも詳細に作られているのも大きな特長といえます。若手の研究者でも容易に研究を開始できるこうしたメリットが評価され、現在(2017年12月)の段階で、すでに10を超える大学・研究機関での使用が始まっています。

サイエンス分野での広がりは無限

火星ダストデビルのシミュレーション結果
理化学研究所プレスリリースより抜粋http://www.riken.jp/pr/press/2016/20160720_2/

佐藤さんは、福島原発の放射性物質の拡散シミュレーションに加え、自然起源のラドンの移流拡散問題研究のためにもSCALEを活用。そのほかにも雲や雷などの発生状況をシミュレーションするといった利用方法など、サイエンスでのSCALEの活用の幅は無限にあるといいます。

現に、佐藤さん以外の研究者も、東アジア・東南アジアモンスーン域における降水システムに関する数値実験を行ったり、特殊な例ではSCALEに与える条件を地球のものから火星の大気組成へと変更し、火星表面中で起こる塵旋風「Dust Devil(ダストデビル)」の大きさや強さの統計的な性質を解明するといった研究も実施されています。
条件の付与が容易で利用までのアクセスも簡便、研究者の目的や課題に合わせて柔軟に使えるSCALEは、今後さらに多くの気象シミュレーションに活用されていくことでしょう。
現在SCALEは個人レベルの研究から、産学連携のプロジェクトまで広く浸透を見せはじめています。また、R-CCSでもその裾野を広げるために講習会などを実施してきました。今後もこうした知見を得ながら、よりユーザーフレンドリーで、応用的な利用方法も想定しながら、ソフトウェアやマニュアルのバージョンアップが重ねられていきます。

(2017.12 取材)