応用事例

NTChemを用いてポリオキソメタレートにおける多電子移動の起源を探る

神戸大学大学院 理学研究科 枝研究室
髙﨑 亜希(タカザキ アキ)氏
髙﨑 亜希の写真

NTChemロゴ画像

「NTChem」は分子の性質を計算する第一原理量子化学計算ソフトウェアです。既存の量子化学ソフトウェアよりも機能的な汎用性やシミュレーション実行の自由度が高く、また、巨大な分子系の反応経路自動探索などの計算にも対応。理化学研究所のスーパーコンピュータ「京」をはじめとしたマルチコアの並列型計算システムでの運用も行われており、高速かつ効率的なシミュレーションの実現を可能としています。

スーパーコンピュータ上での運用で、巨大な分子の構造や挙動の計算を効率化

近年、分子科学分野などでは、大規模かつ複雑な分子系の計算を行うことが多くなっており、以前から性能の高いコンピュータを使った、素早くまた精度の高い計算が求められてきています。こうした背景から、開発されたのが汎用分子科学計算ソフトウェア「NTChem」。

「NTChem」では既存のプログラムでは行えなかった、数多くの量子化学計算法が含まれており、またスーパーコンピュータ「京」などのマルチコア超並列クラスタ計算システムから最大限の性能を引き出すことができる独自の並列アルゴリズムが搭載されています。これによって、従来では他の量子化学計算プログラムでは計算に膨大な時間がかかる巨大な分子の分子計算が効率的に行え、実験的に行うのが難しい分子の挙動などを、より素早くシミュレーションすることを可能とします。

NTChemの活用事例

通常のコンピュータで約1ヶ月かかった計算が、約1日で終了

神戸大学大学院 理学研究科の髙﨑 亜希さんが所属するチームはポリオキソメタレートの多電子移動を研究しています。

多電子移動反応とは下記の式のように複数の電子が移動する反応で、持続可能なエネルギー社会の実現に必要な技術開発のために重要です。例えば、多電子移動の研究は、エネルギーの貯蓄に必要とされる蓄電池の1種である金属空気電池の大幅な改善をもたらすことが期待できます。金属空気電池の正極で起こる通常の反応は下記の式1ですが、式2のような4電子が移動する反応が可能になれば、電池の高出力化が実現すると考えられます。この場合さらに、電池部材の腐食を引き起こすHO2の発生を低減できるメリットもあります1)

式1  O2 + H2O + 2e → OH+ HO2  (-0.065V)
式2   O2 + 2H2O + 4e → 4OH- (0.40V)

しかし、上記例で取り上げた多電子反応は、自発的に起こすことが困難で、反応を仲介する“触媒”が必要です。髙﨑さんの研究室ではその“触媒“の開発を目指して、第一原理電子状態計算を用いてポリオキソメタレートにおける多電子移動の起源を調べています。

ポリオキソメタレートは重金属の酸化物で構成されるポリ酸で、下記の図のように重金属原子を多く含む複雑な構造をしています。黄色の八面体で示した外側の骨格は遷移金属元素Mと酸素元素Oが結合したネットワークからなり、楕円形や球形(閉殻)の構造をしています。殻内部には、様々なカチオンX zから成るオキソアニオン(XO48-z)が入っています。このような、複雑で大きな構造のため、ポリオキソメタレートの計算は収束に多大な時間がかかります。実際に、研究室にある市販の量子化学計算ソフトウェアを用いて通常のマルチコアコンピュータで計算した時には約1ヶ月程度かかりました。さらに、多電子移動メカニズムの解明のためには、多電子移動における複数の要因も考慮しなければいけないため、膨大な計算量が必要で、本研究には時間が非常にかかることが予想されました。

 

このような背景から利用を開始したのがNTChemです。NTChemはスーパーコンピュータを用いた量子化学計算に特化しており、ポリオキソメタレートのような中~大規模分子のシュミレーションが比較的短時間で行えます。実際に、既存のソフトウェアを用いて通常のコンピュータで計算させると約1ヶ月かかっていた計算が、NTChemを用いてスーパーコンピュータで計算させると、約1日程度で終了しました。
この効率化は研究推進に大きく貢献しました。現在は、ポリオキソメタレートの一つであるケギン型ポリタングステン酸イオンにおいて、電気化学的な実験で観測された多電子移動の起源を解明することを目的として、ケギン型ポリタングステン酸イオンの電子状態と電気化学的挙動を調べています。

高崎さんは、NTChemによる研究の効率化によって、ポリオキソメタレートにおける多電子移動のメカニズムを解明しつつあります。その研究成果の一部はThe Journal of Physical Chemistryに掲載されています(J. Phys. Chem. A 2017, 121, 7684-7689)そして、「NTChemを用いた研究をさらに進め、反応経路自動探索などを行い、実際に利用できるような新規ポリオキソメタレートの触媒の開発につなげたいと思います。」とこれからの意気込みも語ってくれました。

 

導入サポートも万全。さらなる貢献が期待されるNTChem

分子、とくに時間のかかる巨大な分子の計算の効率化に大きく貢献するNTChem。理化学研究所が開発しているものの、一般公開されており誰でも利用可能。さらに現在は、NTChemの講習会も行われており、研究への導入をサポートする体制もしっかりと整えられています。

NTChemの性能を十分に発揮するためには、スーパーコンピュータ、もしくはそれに類するスペックのワークステーションが必要ですが、今後さらにコンピュータの計算速度が上がり、進化を遂げていく中でNTChemが果たしていく役割は今後さらに拡大していくことでしょう。

1) 次世代型二次電池材料の開発 金村聖志 シーエムシー出版2016年出版137-138ページ

(2017.12 取材)