
「富岳」はすばらしい計算能力をもっていますが、スパコンに求められる計算能力にはきりがありません。
社会問題の解決や科学の研究のために「富岳」で計算を行うと、その結果を見て、
「ここをもっと計算したい」という部分がきっと出てくるからです。
また、第7回でも説明したように、Society 5.0の実現のために現実の世界のコピーを
スパコンの中につくろうとすれば、さらに高い能力をもったスパコンが必要になります。
現在のコンピュータはスパコンでも、パソコンでも、半導体でできたCPUを使っています。シリコンという半導体の板の表面をとても細かく加工して、トランジスタ(スイッチのような働きをする部品)をたくさんつくりこみ、電気でトランジスタのオンとオフを切り替えることで、数を表し、足し算や引き算などを行っています。トランジスタの数を増やすと計算を速く行うことができるため、スパコンをつくる人たちは、1つのCPUの中にできるだけたくさんのトランジスタをつくりこもうとがんばってきました。現在では、1個のCPU(消しゴムほどの面積)の中に100億個ものトランジスタをつくりこむことさえ、できるようになりました。
しかし、つくりこむトランジスタの数を今後も増やし続けることは、難しくなっています。シリコン半導体の表面を細かく加工する技術に限界があり、また、トランジスタがぎっしり詰め込まれていると、計算するときにたくさんの熱が出て半導体が溶けてしまうからです。
このため、これまでとはまったく違う方式で計算するコンピュータをつくろうという研究が行われています。その1つは、「量子コンピュータ」です。量子コンピュータでは、1個1個の原子や電子がとても小さい磁石のようにふるまうことを利用し、磁石の向きで0と1を表します(図1)。そのために、特別な容器に原子や電子を1個ずつ閉じ込めたものを使います。これまでのコンピュータでは1個のトランジスタが数字の0か1を表します(スイッチがオフのときは0で、オンのときは1)が、原子や電子の磁石は0と1が重ね合わされた状態(0であり、1でもある状態)になっているため、トランジスタよりも多くの情報を一度に扱うことができます。
図1 量子コンピュータのしくみ
(a)原子や電子はとても小さな磁石の性質をもつ。この磁石の向きで0と1を表す。この磁石は、計算中は0と1が重ね合わされた状態(0であり、1でもある状態)にあり、計算結果を見るときに0か1のどちらかに決まる。
(b)これまでのコンピュータではトランジスタが0か1のどちらかを表すが、量子コンピュータでは0と1が重ね合わされているため、磁石が2個あれば、トランジスタ8個分の情報を一度に計算できる。磁石の数が増えれば、情報をまとめて計算できる効果はどんどん大きくなる。
量子コンピュータには2つの方式がありますが、どちらもこの磁石の性質をうまく利用しています。1つの方式(「量子アニーリング方式」と呼ばれます)の量子コンピュータは最適化問題という決まった形の問題を速く解くことができると考えられています。すでにカナダの会社が販売しており、いくつもの研究機関が購入して使い方を研究しています。もう1つの方式(「量子ゲート方式」と呼ばれます)は、多くの企業が開発を進めています。まだ、製品とはなっていませんが、2019年には、これまでのスパコンが苦手としてきた問題を圧倒的に速く解けるという発表がありました。
もう1つの新しいコンピュータは、「ニューロモルフィックコンピュータ」です。ニューロモルフィックとは「神経の形をした」という意味です。脳の神経細胞と同じ働き方をする回路(図2)を使って脳をまね、その「脳」に計算をさせます。回路は、これまでのCPUと同じように半導体を加工してつくる場合が多いですが、計算のしくみはまったく違います。脳をまねたものですから、AIの計算に向いており、使うエネルギーが非常に低いのが特徴です。また、脳の働きを解明するのにも役立つと考えられています。いろいろな実験が行われていますが、まだ、製品化はされていません。
図2 ニューロモルフィックコンピュータのしくみ
(a)神経細胞A、B、Cが刺激を受けると電気のパルスが発生する(これを「発火」という)。パルスは神経細胞の軸索を走り、シナプス結合を通して神経細胞Dに伝わる。Dに入った3つのパルスを足し合わせたものが、ある決まった値(しきい値)よりも大きい場合にだけ神経細胞Dが発火する(パルスが出て行く)。脳の中のたくさんの神経細胞の間では、いつもこのようなパルスのやりとりが起こっている。
(b)半導体を加工して、図のような要素からなる回路をつくる。1つの神経細胞にはたくさんのシナプスがある(紺色の長方形で示す)。それぞれのシナプスにパルスが入ってくる。入ってきたパルスは足し合わされ、下段の神経細胞に送られる。神経細胞に入ったパルスの合計がある値よりも大きければパルスが出て行く。この動作を、多数の神経細胞が同時に行う。
未来のコンピュータは、計算が速いというだけでなく、これまでのコンピュータとは違う「得意技」をもったものとなりそうです。皆さんが大人になるころのスパコンは、こうした新しい方式のコンピュータが発展したものかもしれませんね。