「京」(図1)は、8万個以上ものCPUに計算を分担させることで計算を速く行うスパコンです。
一部のCPUを使って計算を始めたのは2011年3月31日。東日本大震災の20日後のことでした。
「京」の部品やケーブルは東北地方でつくられているものも多かったため、
必要な部品が届かないという困難に直面しましたが、
なんとか予定通りに計算を開始し、2011年6月には、TOP500で1位になりました。
その後、すべてのCPUを使って、世界で初めて1秒間に1京回の計算をすることに成功し、
11月のTOP500でも1位になりました。
しかし、この記録は、まだ「京」が完成する前に、計算能力を調べる中で打ち立てられたものでした。また、「京」の目的は世界一を取ることや1秒間で1京回の計算を達成することだけではなく、社会の役に立つ計算や、科学の進歩のための計算をすることでした。そこで、実際の計算に使うソフトウェアがちゃんと働くように準備が進められ、2012年6月にスパコン全体が完成しました。そして、大勢の研究者が「京」を使って計算をするようになったのです。
「京」は、いろいろな分野のシミュレーションで力を発揮しました。例えば、医療の分野では、心臓のたくさんの細胞の中にある1個1個の分子の働きに基づいて、「京」の中にまるごとの心臓を再現しました(図2)。この心臓は、心臓の病気の治療法や予防法を研究する目的でつくられたものです。また、エネルギーの分野では、スマホなどに使われる「リチウムイオン電池」の中の原子の動きを再現し、より安全で性能のよい電池をつくるために必要な知識を得ることができました(図3)。
図2 UT-Heart
本物と同じ動きをするヒトの心臓を「京」の上に再現した。
(HPCI戦略プログラム 分野1・株式会社UT-Heart研究所/協力 富士通株式会社)
図3 化学反応のシミュレーション
リチウムイオン電池の中で起こる反応の詳しい仕組みを明らかにした。
(物質・材料研究機構 館山佳尚、袖山慶太郎/富士フイルム株式会社 奥野幸洋、後瀉敬介)
防災の分野では、地球全体の大気の変化を計算して、台風が発生してから日本の近くに来るまでを再現することに成功しました(図4)。これは、台風の進路や強さを予想して、被害を少なくするのに役立つシミュレーションです。また、ものづくりの分野では、自動車が走るときの車体の周りの空気の流れを非常に詳しく再現できました(図5)。空気抵抗の少ない自動車を設計するのに役立つ結果です。
図4 地球全体の大気のシミュレーション
大気を細かく分けて雲の動きを計算し、台風の発生のしくみを調べた。
(海洋研究開発機構、東京大学大気海洋研究所、理化学研究所計算科学研究機構の共同研究/可視化 吉田龍二)
図5 自動車の周りの空気の流れのシミュレーション
実際に走っている自動車の周りの空気の流れを詳しく計算した。
(神戸大学、広島大学、理化学研究所計算科学研究機構、マツダ株式会社)
宇宙の分野では、超新星の爆発のシミュレーションに成功しました(図6)。超新星爆発のしくみはよくわかっていませんでしたが、このシミュレーションによって、しくみがわかってきました。このほかにも、多くの分野で多くのシミュレーションが行われ、「京」の計算能力があったからこそ得られた結果が次々に報告されました。
図6 超新星爆発のシミュレーション
理論に基づいた計算で、超新星爆発を再現した。爆発は、a,b,c,dの順に進む。
(国立天文台 滝脇知也、固武慶、諏訪雄大)
約7年にわたって使われ、400万件以上の計算を行った「京」は、2019年8月にシャットダウンされ、役目を終えました。「京」をつくり、使う中で蓄積された技術と知識は、次のスーパーコンピュータ「富岳」に受け継がれたのです。
※図2~6のクレジットの組織名、所属は成果発表当時のものです。