
2020年の初め、新型コロナウイルスによる感染症(COVID-19)が世界中で流行しはじめ、
重症者や死者もたくさん出るようになりました。
しかし、このウイルスが人に感染するようになったのは初めてのことだったので、感染の防ぎ方もわからず、
治療のやり方も手探りでした。そこで、世界中で多くの研究者が、
新型コロナウイルスによる被害を食い止めるための研究に取り組みはじめました。
その1つとして、日本では2020年4月に、完成前の「富岳」を新型コロナウイルス対策のために
使うことが決定され、まもなく5つのテーマで計算が始まりました(11月にはテーマがもう1つ増えました)。
テーマの1つは、すでに使われている薬の中から、新型コロナウイルス感染症に効く薬を探しだそうとするものです。新型コロナウイルスは人の細胞の中で増えるので、増えるときに必要なタンパク質の働きを抑えれば、病気がひどくなるのを防ぎ、治療することができます。そこで、「富岳」の中で、増殖に必要なタンパク質に、様々な薬を近づけて、薬がくっつくかどうかを調べました(動画1)。約2000種類もの薬を調べた結果、タンパク質によくくっつくものが数十個見つかり、その中にはコロナウイルス感染症の薬としてとても有望なものもありました。この方法は、新型コロナウイルス感染症以外の病気の薬を探すのにも役に立ちます。
動画1 新型コロナウイルス感染症の薬を「富岳」で探す
ウイルスが増えるのに必要なタンパク質(灰色)に薬(ピンク色)がくっつくかどうかを、「富岳」を使ったシミュレーションで調べた。こうしたシミュレーションを約2000種類の薬について行い、タンパク質にくっつく薬を探した。
もう1つのテーマは、「飛沫」がどのように広がるかを明らかにするものです。飛沫とはすごく小さい水滴のことです。せきやくしゃみはもちろん、歌を歌ったり、おしゃべりをするときも、だ液や鼻水は飛沫となって飛び散ります。飛沫に新型コロナウイルスが含まれていると、その飛沫を吸い込んだ人が、ウイルスに感染する可能性があると考えられています。このため、部屋の中や乗り物の中で飛沫がどのように広がるかや、アクリル板やマスクが飛沫の広がりをどのように抑えるかがわかれば、よりよい感染対策をとることができます。そこで、「富岳」を使って、様々な場合のシミュレーションが行われました。それらの結果は、家庭だけでなく、交通機関、公共の場所などで感染対策をとる際に大いに役立ちました。
動画2 飛沫の広がりのシミュレーション
左は普通に話している場合、真ん中は歌を歌っている場合、右は強いせきを2回した場合。
飛沫の量と広がりが違うことがわかる。飛沫より小さいエアロゾルの量と広がりも明らかになった。マスクの材料の違いによって、飛沫を遮る効果に違いがあることも明らかになった。
新型コロナウイルス対策のテーマの計算が先に始まりましたが、これとは別に、「富岳」で取り組むべきテーマが約20個決められており、そちらの計算も行われています。20個のテーマはどれも、「富岳」の計算能力を生かして、私たちの社会の問題の解決や、科学の進歩に貢献することが目標であり、大きく「医療」「防災」「エネルギー」「材料・ものづくり」「科学」に分けられます。
「医療」のテーマには、1人1人のがんの違いを明らかにするもの、心臓の動きをシミュレーションして薬の効き方を調べるもの、難病の薬を短い期間でつくることを目指すものなどがあります。「防災」のテーマには、今よりずっと正確な天気予報を目指すもの、地震の発生によってどのような被害が起こるかを予測するものがあります。「エネルギー」のテーマとしては、核融合反応(太陽の中で莫大なエネルギーを生み出している反応)を地上で起こすための研究、よりよい充電用の電池や燃料電池の開発、効率がよく環境に優しい発電方法の開発などがあります。「材料・ものづくり」のテーマは、半導体、磁石、タービン、飛行機など様々なものが対象です。「科学」のテーマには、宇宙の形ができてから惑星ができるまでの歴史を明らかにするもの、細胞の中で起こっていることを再現するもの、脳の働きを探るものなどがあります。
「京」のテーマはシミュレーションを使うものが多かったのですが、「富岳」では、シミュレーションとビッグデータやAIを組み合わせて使うテーマが多くなっています。どんな計算結果が出るのか、今から楽しみですね。