研究員Nさん(40代)の場合

子どもの頃

自然に囲まれのびのび育つ
生まれ育ちは富山県南砺(なんと)市。石川県との県境に近い、平野部にあります。スキー場が近い、のどかな所でのびのびと育ちました。夜には星もきれいに見えますよ。
外遊びやテレビゲームなど、友達と遊ぶことが大好きでした。活発なタイプだったと思います。
家族でハレー彗星を見に行ったり、TVのNHKスペシャルでアインシュタインや量子力学を見たりして、宇宙や素粒子に対するあこがれが生まれました。

中高生の頃

将来の夢がいっぱい
部活は吹奏楽部に入りました。トランペットを担当、家でもずっと練習していました。最近まで続けていたのですが、今はなかなか時間が取れず、しばらく離れています。
この頃は、将来なりたい職業がたくさんありました。研究者、宇宙飛行士、トランペット奏者…どちらにしても理系かなとは思っていたので、理系を選択しました。
子供のころからずっと宇宙が好きだったこと、数学や物理も得意だったこともあり、具体的に物理学や数学の研究者になりたいと考え始めました。大学は、近くの国立大学の理学部物理学科を選びました。

大学生の頃

トランペットに熱中!
大学でもトランペットに熱中していました。大学の吹奏楽団のレベルが高かったことも大学選びのポイントのひとつです。
大学2年生の頃、必修の授業で初めてプログラミングを習いました!基礎的な事はこの頃身に着けました。
研究室は量子力学系を選びました。量子力学の講義がおもしろかったからというのが主な理由です。子供の頃にあこがれていたアインシュタインの影響もあったと思います。研究者を目指すため、国際交流がさかんで競争力がある研究室であるという所も理由のひとつでした。宇宙の研究室があればそちらを選んでいたかもしれませんが、当時通っていた大学にはありませんでした。

研究室配属後

シミュレーションに熱中!
卒論のテーマがシミュレーションだったため、研究室配属後に本格的にコンピュータを使うようになりました。この頃は研究室のサーバーを使うことが多かったのですが、スーパーコンピュータを使う機会もありました。
研究室にいたロシア人と一緒に研究を進めていたため、自然と英語も上達していきました。お互い英語が母国語ではないので間違いも気にせずゆっくり話すことができ、英語に対する苦手意識もなくなりました!
企業への就職は全く考えていなかったですね。だんだん研究者になりたいという気持ちが固まってきました。博士課程修了の際、国内外の研究機関の採用試験を受け、いくつか内定も頂いたのですが、海外へのあこがれもあり、ドイツの研究所に行くことにしました!

若手研究者の頃

海外への挑戦!
これまでずっと地元にいたので、いきなりドイツに行くことになり、友達に驚かれました。学生時代に英語への自信をつけていたこと、もともと共同研究をしていた先生もいたこともあり、あまり不安はありませんでした。思い切った選択でしたが、今の研究にもつながるいろいろな研究や経験ができ、行って良かったと思います!
採用された研究室はとても快適な環境でした。広い部屋、大きな机、良い景色の研究室で、研究に集中することができました。最先端のスーパーコンピュータを使い、朝から晩までデータ解析やプログラム開発等、研究に打ち込んでいました。二つ目の職場ではドイツの大学でスーパーコンピュータの開発に参加することに。この経験は「富岳」の開発にも活かすことができました。
量子力学から素粒子物理、宇宙系の素粒子の研究と、さまざまなテーマを研究しました。今では幼いころからあこがれていた宇宙に関する研究も行っています!
将来の夢
早く「富岳」を使って本格的な研究をしたいです!これまでも試験利用という形で少し使っていましたが、本格的な稼働はまだ始まったばかりで、フルパワーを生かせるような計算はできていません。「富岳」は開発にも携わりましたがすさまじい計算力を持っています。これを生かした研究をして、早く成果を出したいなと思っています!
2021年取材
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