RESEARCH

研究内容

強相関量子シミュレータの研究開発 RESEARCH SUMMARY.01

密度行列繰り込み群法による量子アニーリングシミュレータの開発

半導体デバイスの微細化技術の限界から「ポストムーア時代」に差し掛かった現在、量子コンピュータの発展はその「ポストムーア時代」を担う第一候補とも考えられます。しかしながら、そのハードウェア開発については依然として様々な問題が存在します。例えば、量子アニーリング方式の量子コンピュータについては、量子ビット数に対応して一般的には小さくなるエネルギーギャップに対してどのように対策するかなどがその技術的課題のひとつです。そこで、このような問題点を解決するため、密度行列繰り込み群法による世界で初めての量子アニーリングシミュレータを開発しました。この量子アニーリングシミュレータは、主要な利用者としてハードウェア開発者や研究者を想定し、エネルギーギャップや量子アニーリングを安定化させると考えられる効果を含む系でのシミュレーション、また各種物理量の計算など、ハードウェア開発に資する機能が実装されています。 また、これまでに密度行列繰り込み群法の並列化手法として実績のある大規模並列アルゴリズムを導入し、高効率な大規模並列計算を実行することが可能です。また、PC上においても10,000量子ビット規模のシミュレーションを現実的な計算時間で実行することが可能です。本研究は、2018年度・2019年度未踏ターゲット事業(量子アニーリング部門)「時間依存密度行列繰り込み群法による量子アニーリングシミュレータの開発」により開発され、量子アニーリングシミュレータQuartzとして公開予定です。

分散メモリ型並列計算による量子回路シミュレータの高速化

量子計算機の優位性を利用した量子アルゴリズムを効率的に開発するためには古典計算機上で量子回路の性能を評価する量子回路シミュレータの高速化が不可欠となります。本研究では任意の2-qubit演算の積で表現されるテンソルネットワーク状態の評価に特化した量子回路シミュレータの開発を行いました。
実装はFortran90で行い、OpenMPおよびMPI規格に準拠したハイブリッド並列環境で動作します。各MPIプロセス内のゲート演算に関しては,Qulacsにおける2-qubitゲート演算のOpenMP並列実装を参照しました。
また、プロセス間に分散して記憶される状態ベクトルのアドレス管理に関しては「京」の利用による先行研究を参照しています。実行性能を理研のスーパーコンピュータ「HOKUSAI GreatWave」において評価した結果、既存の実装の中でも最高速を誇るQulacsと比較して28 qubitsの系で最大で36倍も高速であることから、シミュレーション速度の面での優位性を持つことが確認されました。
なお、本研究は2018年度未踏ターゲット事業(ゲート式量子コンピュータ部門)の支援によるものです。

大規模並列密度行列繰り込み群法の研究開発

密度行列繰り込み群(Density Matrix Renormalization Group: DMRG)法は、一次元的な構造を持つ量子多体系の数値的計算手法として最も効率的な手法の一つとして知られています。計算の目的とする物理量を適切に表現する基底のみでその計算を実行するDMRG法は、指数関数的に増大する量子多体系の内部自由度を一定の範囲に留めることにより、数値的厳密な手法では非現実的なサイズの系の計算を可能にします。
その一方、このDMRG法の多次元系への適用は、その計算精度を保つために必要とされる基底の数が非常に巨大になるため、その計算コストも非常に巨大になります。しかしながら、近年の計算機科学の発展により、密度行列繰り込み群法の二次元系への適用は十分現実的となっています。また、量子モンテカルロ法ではいわゆる負符号問題のため適用が困難な系に対しても適用が可能であることなど、密度行列繰り込み群法を多次元系への適用には非常に大きな意義があります。
本研究チームでは、このような多次元強相関系への適用を想定した大規模並列密度行列凝りこみ群法の開発に取り組んでいます。開発された密度行列繰り込み群法プログラムは、「京」全ノードを用いた実行で理論性能比70%以上(約7.8 PFLOPS)の実行性能を達成しており、非常に効率的な計算を実行することが可能です。開発された大規模並列DMRG法プログラムは、各種用途に応じて「Dynamical DMRG」、「2-D DMRG」、「paraDMRG」として公開しており、随時講習会も開催しています。

補助場量子モンテカルロ法の高度化

強相関電子系の物性を近似によらず調べるため、補助場量子モンテカルロ法の研究開発を行っている。基底状態に対する補助場法は、ハミルトニアンを肩に持つ指数関数演算子による射影操作で任意の初期状態から基底状態を求めるスキームとなっている。この射影を行う際に補助場自由度を導入することで、計算コストは系のサイズ(N)に対してN3に抑えられるため、非常に大きな系の性質を高精度で調べることが可能となる。我々の実装では初期波動関数の選択を工夫することで、高速に基底状態へ漸近することを可能とした。また、キャッシュを有効利用するためのdelayed update法や、丸め誤差の積算を防ぐための特異値分解に関して計算コストの少ないアルゴリズムを選択することで計算コードの最適化を行った。その結果、「京」1ノード当たりの単体性能については最高で理論性能の80%程度まで達成することを確認した。実際の研究例としては、グラフェンの有効模型であるハニカム格子上のハバード模型に関して計算を行い、この模型に関する先行研究ではN=628までの計算が最大であったのに対し、サイト数で4倍のN=2592(計算規模に関しては約100倍)までの計算を実現した。

数値計算手法による研究成果 RESEARCH SUMMARY.02

ハニカム格子ハバード模型の基底状態相図

相互作用を持つにも関わらず絶対零度まで秩序化を起こさない「スピン液体相」の探索は現在の物性分野において最も精力的に研究されているトピックの一つとなっている。
通常、スピン液体相の実現のためには強い量子効果のみならず、幾何学的フラストレーションのような競合効果が必要と考えられていた。 しかし、2010年にそのようなフラストレーションが生じないハニカム格子上のハバード模型においてスピン液体相が存在するとの報告がなされ、大きな注目を集めた。
この模型では弱相関領域ではディラック電子系による半金属相、強相関側では(フラストレーションがないため特に)反強磁性絶縁相が安定となるが、先行研究ではこれら二つの相の間にある程度の相領域を持つスピン液体相が量子効果のみで生じるとの主張がされた。 我々はこの問題に対して、より大規模な格子模型を対象とした高精度なシミュレーションを行うことで再検討を行い、スピン液体相はたとえ存在するにしても非常に弱く、むしろ反金属相から反強磁性絶縁相への直接連続転移であることを強く示唆する結論を得た。

強相関ディラック電子系におけるモット転移の普遍性

ハニカム格子等で見られる分散関係がフェルミ面近傍で線形となるディラック電子系では、ネスティング不安定性や状態密度の発散を伴う正方格子系とは異なり、有限の強さの相互作用まで反金属相が安定となり、モット転移の性質を調べる格好の舞台となっている。 我々はハニカム格子およびπフラックス模型と呼ばれる、ディラック電子系が構成される二つの異なる格子模型を対象として、ハバード型斥力による常磁性半金属相から反強磁性絶縁相への量子相転移の臨界的な性質を大規模量子モンテカルロシミュレーションにより調べた。その結果、これら二つの格子模型における転移の臨界指数は高い精度で一致し、ディラック電子系におけるモット転移には普遍性クラスが存在することを数値的に実証した。 これらの系は連続極限において、古くから素粒子物理で議論されていたGross-Neveu模型と同等となることが知られおり、我々が得た臨界指数はこの模型におけるchiral-SU(2)対称性の破れを記述するものでもある。

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