8 「富岳」の挑戦

8-2 クラウド上での「富岳」環境の実現

スーパーコンピュータ「富岳」は、世界最高水準の使いやすさと性能をもつHPCインフラとして新型コロナウイルス感染症飛抹飛散シミュレーションや線状降水帯予測等を実現し、社会課題の解決に大きく貢献してきた。

R-CCSは、世界中のスーパーコンピュータが「富岳」と同様のHPCインフラとして利用可能となる「バーチャル富岳」構想に2022年度から着手した。「バーチャル富岳」は、HPCソフトウェアのデ・ファクト・スタンダード(事実上の標準)として、さまざまなアプリケーションを開発・実行可能なソフトウェアスタックを定義したものである。この標準ソフトウェアスタックを世界中のスーパーコンピュータ・センターが採用することにより、「富岳」や「バーチャル富岳」でアプリケーションを開発すると、どのスパコン・センターでも同時に利用可能となるという画期的なプラットフォーム戦略である。「バーチャル富岳」は、いわばスパコンにおけるiOSやAndroid、Windows OSのようなものである。iOSを搭載したスマートフォンやタブレット、さらにPCでは、どのデバイスでも同じアプリを同じ操作方法で使うことできる。アプリストアで検索すると、さまざまなアプリケーションを見つけることができ、ワンタッチでインストールすることができる。「バーチャル富岳」は、スパコンでこのような世界を現実のものにする。

図1 「富岳」のリッチなソフトウェア環境を「世界中で」「誰でも」使えることを目指す
図1 「富岳」のリッチなソフトウェア環境を「世界中で」「誰でも」使えることを目指す

8-2-1 AWS Gravition3上での動作検証

このような「バーチャル富岳」の構築に向け、まず「富岳」のCPUと互換性のあるArmアーキテクチャベースのCPUのAWS Graviton3を用いたクラウドサービスを提供するアマゾンウェブサービス(AWS)社との間でMOU(Memorandum of Understanding、覚書)を締結し、「富岳」上のアプリケーションをAWS上でほぼそのまま実行できる、いわば「富岳」の機能がクラウド上に仮想的に再現されるソフトウェア環境の構築に向けた研究協力を2022年度に開始した。具体的にはコデザインにより「富岳」上で高性能化が達成されたアプリケーションの一つであるGENESISを素材として、Graviton3上で動作検証を行った。限定的な確認範囲ではあるが動作・性能とも「富岳」と遜色なく、A64FXとの互換性が確認できた。これを受け2023年度は、同様に「富岳」向けに高性能化を達成しているアプリケーション「SCALE」、「CUBE」、「NTChem」によるGraviton3の評価を実施した。GENESIS同様、動作・性能とも「富岳」と遜色なく、A64FXとの互換性を確認することができた。アプリケーションによっては、高並列実行におけるスケーラビリティに課題があったが、クラウド環境ではコスト面から100ノード規模以上の高並列実行を行うとは考えにくいものとして、原因究明までは行わなかった。

また、「バーチャル富岳」のテストベッドとして「富岳」利用者に開放する(この環境を「サテライト富岳」と呼ぶ)ことを想定し、「富岳」の付属システムとして運用するためのシステム設計及び、実際にAWSのクラウドサービスを使用したシステム構築、SI-Net経由で「富岳」のログインノードへ接続するための環境整備、バーチャル富岳の実態であるソフトウェア環境整備方法の検討などを行った。2024年度からの本格運用に向けた事前準備を完了することができた。

さらに、「バーチャル富岳」としての取り組み内容について、SC2023、SCA2024でのポスター展示、AWS社のイベントでの講演などを行うことで、コミュニティ形成のための宣伝活動も行った。

一方2022年度からAWS社よりこれら一連の技術的検証・分析を行うための計算資源やGraviton3を扱う上での知見の提供を受けてきた。 そして広く民間で活用できるようなビジネスモデルを構築すべく、AWSとともに、サービスプロバイダーとの連携について検討を始めた。これを受け2023年度は(株)理研数理と覚書を締結し、「バーチャル富岳」に先行した「GENESIS on AWS」サービスを(株)理研数理において開始した。なお、R-CCSと(株)理研数理等の連携による、GENESISの産業利用に向けた技術指導やユーザー組織化の取り組みは、「分子動力学ソフトウェアGENESISの開発と社会実装」として「第6回日本オープンイノベーション大賞」文部科学大臣賞を受賞した。