我が国が世界に先駆けてその達成を目指すSociety 5.0においては、サイバー空間に社会のあらゆる要素をデジタルツインとして構築・解析し、最適な解(ソリューション)を求めた上で、フィジカル空間の制度、ビジネスデザイン、都市や地域の整備などに反映することにより社会を変革していく「サイバー空間とフィジカル空間の融合」が求められる。またここでサイバー空間においては、「最先端のAI技術と最先端のシミュレーション技術の融合」が求められる。この実現のために、⾼度な解析を可能とするデータ解析技術と大量のデータを扱うスパコンが必要となる。
「富岳」は、総合科学技術・イノベーション会議での「フラッグシップ2020プロジェクト(ポスト「京」の開発)」の中間評価において、「Society 5.0における研究開発基盤として生かされるよう他府省間や大学、研究機関間での連携をはかること、Society 5.0において重要となるビッグデータ、AI等のアプリケーションについても高い性能を有することを確認すること」と指摘されている。
このように、「富岳」は「サイバー空間とフィジカル空間の融合」を実証する研究開発基盤と位置づけられている。
さらに「富岳」は、後継機に向けて、スパコンを「計算のためのツール」から「社会変革のためのインフラ」へと着実に進化させることが期待されており、これにつながるように研究開発等に取り組んでいくことが必要である。
2023年度、「富岳」Society 5.0推進拠点においては、2022年度に引き続き、Society 5.0実現に資するための多角的な活動を行った。これには「富岳」計算資源の利用促進、クラウド上での「富岳」環境を実現した「バーチャル富岳」(8-2にて後述)の利用促進、「バーチャル富岳」に先行したアプリケーション利用サービスの実現、Society 5.0実現に向けたプラットフォームの構築・社会実装推進、理研産連本部との連携による大手企業との協創に向けた活動などが含まれる。
「富岳」の産業利用促進やポテンシャルユーザーの開拓を目的として、「富岳」Society 5.0推進拠点が株式会社JSOLに業務委託する形で、2021年12月に「産業向け『富岳』利用マニュアル」、2022年8月に「ファーストタッチオプション利用ガイド」をそれぞれリリースした。アプリの追加などにより、更新が必要となったため、引き続き株式会社JSOLに業務委託する形で一般財団法人高度情報科学技術研究機構(RIST)、一般財団法人計算科学振興財団(FOCUS)と調整して更新を随時行った。
2023年度においても引き続き地元自治体との積極的な連携を継続している。特に兵庫県及び神戸市からの補助を受けて実施する研究開発拠(COE)形成推進事業における研究課題を実施している。これらにより創出されたSociety 5.0の実現に資する研究成果については、地元自治体にその成果を還元し、地域の課題解決に貢献するなどの観点から、成果の公表、アウトリーチを行った。
また、「Smart City Expo World Congress 2023」(11/7-9)に神戸市と連携し、バルセロナ市・神戸市・BSC(Barcelona Supercomputing Center)・R-CCSの4者にて共同プレゼンを行った。これには144名が聴衆として参加し大変盛況であった。
またスマートシティ・防災プラットフォームの実現に向けて、神戸市、NTTドコモと連携協力の覚書に基づき「都市計画や防災計画に資する、「富岳」を活用したデジタルツインシミュレーション」の社会実装に向けた取り組みを発展させ、災害時の混雑状況の可視化や帰宅困難者への避難誘導に焦点をあてた各種シミュレーションを行い、効率的な避難誘導方法に関する知見が得られた。それに基づき、動画を作成・公表するとともに阪神・淡路大震災の節目となる令和6年1月17日に三者共同でプレス発表を行った。
創薬DXプラットフォーム(「富岳」を用いて創薬研究の最上流である標的探索から化合物取得に至るまで、AI創薬の各種要素技術を統合したプラットフォーム)については、リード化合物創出フローの統合テスト・実践テストと、創薬ターゲット探索フローの開発を完了し、プラットフォームの実現に向け大きく前進した。さらにR-CCS/京大/医薬基盤健栄研/LINCによりAMED-DAIIAで実装された連合学習機能も含めたPFとしての「バーチャル富岳」上への実装に着手した。
2025年日本国際博覧会(略称「大阪・関西万博」)において、「富岳」を用いた未来社会の展望を示すべく検討を行った。総務省による政府アクションプラン「リモートセンシング技術による高精度データの収集・分析・配信技術の開発」においては、NICT、防災科研とともに「富岳」によるリアルタイム気象シミュレーションの提供を行うべく調整した。またテーマ事業「いのちを拡げる」(石黒 浩プロデューサー)においては、脳のシミュレーションとAIとを融合させた最先端研究の展示に向け調整中である。また、国土交通省の政府アクションプラン「熱中症や高潮浸水の高解像度物理シミュレーションによる早期の情報提供」は、都市丸ごとのシミュレーション技術研究組合が実施主体として提案されているものであるが、「富岳」を用いた高潮シミュレーションを実施する方向である。
中長期的視点に立った産業界との画期的な価値創造に向け、R-CCSにおける最先端のシミュレーション技術と最先端のAI技術との融合、また理研全体のシーズとの組み合わせによる、産業界における将来的・抜本的なニーズ掘り起こしのディスカッションを大手複数社と開始した。