「京」の中で太陽黒点の11年周期が見えてきた

Interview
2017年01月掲載
千葉大学大学院理学研究科 特任助教 堀田英之
堀田 英之
Hideyuki Hotta
千葉大学大学院理学研究科 特任助教
撮影:STUDIO CAC

「太陽には大きな謎があります。太陽の表面には周囲よりも温度が低いため黒く見える黒点があり、その数は11年周期で増減することが知られています。しかし、なぜ11年なのか、そもそもなぜ周期があるのか分かっていないのです」
そう語る堀田さんは、独自の手法を開発して「京」の中に高解像度の太陽を再現し、11年周期の謎に迫ろうとしています(図1A)

図1A 「京」により高解像度で再現した太陽表面付近のプラズマの対流
図1A 「京」により高解像度で再現した太陽表面付近のプラズマの対流
図1A 「京」により高解像度で再現した太陽表面付近のプラズマの対流

黒点の画像に魅了される

「中学生のときから物理だけは好きで、しっかり勉強していました」と振り返る堀田さんは、東京大学理学部の地球惑星物理学科に進学しました。「地球の大気や海のシミュレーションをやってみたいと思いました。地球で起きる現象ならば、計算結果が正しいかどうか観測データで確認できるからです」

学部4年生で入った研究室で、その後の研究者人生を決定付ける画像に出合いました。「指導教官から、磁場があると面白い現象が起きると紹介されたのが、アメリカ大気研究センターのM. Rempel博士による太陽黒点のシミュレーション画像です(図2)。観測画像とそっくりで、すっかり魅了されました」

図2 M. Rempel博士による太陽の黒点のシミュレーション画像
図2 M. Rempel博士による太陽の黒点のシミュレーション画像
図2 M. Rempel博士による太陽の黒点のシミュレーション画像

黒点は、太陽内部の磁力線が表面に浮上してきた出口(N極)と入り口(S極)に相当します(図1B)

図1B 太陽の内部構造と黒点の模式図
図1B 太陽の内部構造と黒点の模式図
図1B 太陽の内部構造と黒点の模式図

「黒点の記録が初めて登場したのは紀元前167年の中国の書物だといわれています。1600年ごろにガリレオ・ガリレイたちが太陽の観測を始めて以来、400年以上にわたり黒点の観測が続けられ、その数は11年周期で増減することが知られています。でも、なぜ11年周期なのかは分かっていません。それは太陽研究における最古にして最大の謎といわれています。私はその謎に挑みたいと思いました」(図3)

図3 実際の太陽表面で観測された磁場の周期
図3 実際の太陽表面で観測された磁場の周期
図3 実際の太陽表面で観測された磁場の周期
黒点を生み出す太陽表面の磁場を同じ経度で平均化して緯度ごとに表示したもの。黄色がN極、青がS極に対応する。11年周期で南北の中緯度に現れた黒点が赤道付近へ移動していき、南極と北極の磁場が逆転する。移動する黒点の分布が特徴的なチョウ形を描く。

太陽活動は停滞期に入り、地球は寒冷化する!?

黒点の11年周期は、最近、特に注目を集めています。黒点が少ない極小期は、太陽活動が不活発で磁場も弱くなります。1645~1715年の70年間にわたり、黒点がほとんど観測されない「マウンダー極小期」と呼ばれる時期がありました。そのとき、ロンドンのテムズ川が凍り付くなど、気候の寒冷化を示唆する記録が残されています。ただし、黒点が多い極大期と少ない極小期で、光の放射量は0.1%しか変動しないことが確かめられています。マウンダー極小期と寒冷化の因果関係はよく分かっていません。

「マウンダー極小期のとき、黒点はほとんど観測されていませんが、黒点周期に対応する太陽の磁場周期は約14年だったと推定されています。最近の黒点の周期も約13年と長くなっているなど当時と状況が似ており、太陽活動は停滞期に入るかもしれないと指摘されています。しかし、11年周期の謎が解けなければ、周期が長くなっていることの意味や、これから停滞期に入るかどうかは分かりません」

新手法で高解像度の太陽を再現

太陽は直径約140万kmと、地球の109倍ほどの直径を持つ巨大な天体です。主成分は水素で、中心部では水素の核融合が起きてヘリウムができています。核融合で発生したエネルギーは、中心部から半径の70%まで(放射層)は光のエネルギーで伝わります。半径の残り30%に当たる表層(対流層)では、水素とヘリウムのプラズマの対流運動でエネルギーが運ばれます(図1B)。プラズマとは、原子をつくるマイナス電荷の電子とプラス電荷の陽子がばらばらになった状態です。電荷を帯びたプラズマが運動することで磁場が生まれ、プラズマと磁場は一緒に運動します。

「黒点の11年周期の仕組みを解くには、対流層のプラズマ運動や磁場を知る必要があります。しかし太陽内部はどんな波長の光でも観測することができません。そこで、計算科学を用いてコンピュータの中に太陽を再現して理解する必要があります」

太陽を記述する方程式はすでにあります。1970年にノーベル物理学賞を受賞したH. Alfvén博士がつくった磁気流体力学の方程式です。「地震による破壊のように、記述する方程式をつくることが難しい現象も多いのですが、太陽の場合は磁気流体力学の方程式を完全に解くことができれば、太陽の謎は全て解明できると考えられています。しかし、その計算はとても大変です」

流体のさらさら度を表す指標にレイノルズ数があります。その数が大きいほど、計算量が増えてしまいます。「太陽のレイノルズ数はおよそ100億。一方、現在計算されている最大のレイノルズ数は数万です。太陽を再現するには、膨大な量の計算が必要です」

膨大な量の計算をするとき、部分ごとに計算を分割して、たくさんのCPU(中央演算処理装置)に分担させます。従来、太陽を再現する計算では、計算を簡単にするため、太陽の中を音波は無限大の速さで伝わると設定して、音波が伝わる式を省略していました。しかし、音波が無限大の速さで伝わる場合、時間ステップごとに毎回、1個のCPUの情報をほかの全てのCPUに伝える必要があります。

「音波を無限大と設定する手法では、CPUが3,000個以上になると通信量が多くなり過ぎて計算速度が落ちてしまいます。そのため太陽の計算は多くのCPUを持つスーパーコンピュータには不向きで、低解像度の太陽しか再現できませんでした。私が大学院博士課程1年生だった2012年、約8万3000個のCPUを持つ『京』の共用が開始されました。私は新しい手法を開発して『京』の中に高解像度の太陽を再現してみたいと思いました」

堀田さんはRempel博士たちと共同研究を行い、音速を遅く設定した方程式をいろいろと試し、うまくいく手法を見つけ出しました。その「音速抑制法」を使えば、隣のCPUとだけ情報をやりとりすれば済み、通信量を大幅に減らすことができます。堀田さんたちはその手法を用いて、「京」の中に高解像度の太陽を再現しました(図1A)

高解像度で構造や周期が復活!

「しかし、太陽の計算では解像度を高くしてはいけない、と言われてきました。解像度を高くすると乱流のような不規則で細かなプラズマの流れがたくさんできて、黒点のような大きな磁場構造や11年周期は再現できないと考えられたからです。実際に私たちが従来よりも少し高い解像度で計算すると、プラズマの小さな乱流がたくさんできて大きな構造や周期は消えてしまいました。ところがさらに解像度を高くすると、プラズマの小さな乱流は消えて、大きな磁場構造や周期が復活したのです。最初、その計算結果が信じられませんでした」

なぜ、大きな磁場構造や周期は復活したのでしょうか。「実は、従来の低解像度で小さなレイノルズ数の計算では、再現される磁場はとても弱くなります。解像度を高くレイノルズ数を大きくすることで磁場は強くなり、現実の強さに近づいていきます。その強い磁場によってプラズマの小さな乱流は消されて、大きな磁場構造や周期が復活することが分かりました」

ポスト「京」で11年周期の謎を解く

「私は、太陽を再現する計算を行うと必ず動画をつくります。その太陽の動画をベッドに寝転んで眺めるのが好きです。そのまま寝てしまい、夢の中で動画に隠された重要なことに気付くこともあります」

今回、堀田さんたちは、太陽中心部から半径の96%までの50年間分の計算を高解像度で行い、黒点を生み出す太陽内部の磁場の周期を再現することに成功しました(図4)

図4 「京」で再現した太陽内部の磁場の周期
図4 「京」で再現した太陽内部の磁場の周期
図4 「京」で再現した太陽内部の磁場の周期
黒点を生み出す太陽内部の磁場を同じ経度で平均化して緯度ごとに表示したもの。図3のような観測データと似た磁場の周期を「京」で再現することに成功した。ただし、周期はきれいな11年ではなく、観測データに見られるチョウ形も再現されていない。

「ただし、計算量が膨大になるため、太陽表面まで50年間分計算して黒点を再現することはできていません。磁場周期もきれいな11年ではなく、6~15年とふらつきがあります」

堀田さんは、ポスト「京」で太陽表面までの50年間分の計算を行い、黒点の11年周期をきれいに再現するつもりです。「その計算結果の中に、11年周期の謎の答えがあるはずです。ただし、その計算結果は膨大なデータになります。ポスト『京』で、その膨大なデータを解析して答えを探し出したいと思います」

太陽活動はこれから、約400年前のマウンダー極小期のような停滞期に入るのでしょうか。また最近、太陽に似た恒星の表面で「スーパーフレア」と呼ばれる超巨大な爆発現象が起きることが分かり、私たちの太陽でも数千年に1回といった頻度でスーパーフレアが起きて、大量の高エネルギー粒子が地球を襲う可能性が議論されています。

「マウンダー極小期やスーパーフレアのような、まれに起きる現象を調べるには、高解像度の太陽を何百年~数千年間分、再現する必要があります。それにはポスト「京」のさらに次のスーパーコンピュータが必要になるでしょう。私は今、31歳。研究者人生を終えるまでに、太陽の謎を全て解明したいですね」

(取材・執筆:立山 晃/フォトンクリエイト)

この記事は「計算科学の世界」NO.14
に収録されています。
計算科学の世界 VOL.14(PDF:3.01MB)pdf