ゲリラ豪雨を予測する

ビッグデータ同化で天気予報に革命を起こす
interview
2016年10月掲載
計算科学研究機構 データ同化研究チーム チームリーダー 三好 建正
三好 建正
Takemasa Miyoshi
計算科学研究機構
データ同化研究チーム チームリーダー
撮影:奥野竹男

ゲリラ豪雨に見舞われて困ったことはありませんか?
三好さんは、最新鋭のフェーズドアレイ気象レーダから30秒ごとに得られる膨大な観測データと「京」から得られる高精細で膨大なシミュレーションデータを組み合わせる、“ビッグデータ同化”を実現。 これにより、100mの解像度で30秒ごとにデータを更新する、革新的なゲリラ豪雨予測が可能になります。

データ同化とは

「大学では物理学を学び、卒業後は気象庁で天気予報の業務に携わりました。気象予報士の資格も取得しています。このように私は気象の研究者ですが、その中でも専門はデータ同化です」と三好さんは言います。データ同化とは、どのようなものなのでしょうか。

「シミュレーションに観測データを取り込むことを、データ同化といいます(図2)。聞き慣れない言葉かもしれませんが、データ同化は皆さんの身近なところでも使われているんですよ」と三好さん。

図2 データ同化
図2 データ同化
データ同化は、観測データとシミュレーションの間に橋を懸ける役割をする。 天気予報では、さまざまな観測データを数値天気予報モデルを用いたシミュ レーションに取り入れることで、精度の高い予測を実現している。

それは、天気予報です。天気予報は、ある時点の大気の状態を初期値として数値天気予報モデルを使ってシミュレーションを行い、将来の大気の状態を予測します。しかし、 シミュレーションを進めるにつれて予測値が現実世界の値からずれていってしまうという問題があります。そこで、シミュレーションに観測データを取り込んで予測値を修正し、それを新しい初期値としてシミュレーションを行い、また観測データを取り込んで……というように一定時間ごとにデータ同化を繰り返すことで、天気予報は予測精度を上げています。

「京」+フェーズドアレイ気象レーダ

計算機の性能の向上によって、大規模で高精細のシミュレーションが可能になってきました。また、センサー技術の発達によって、短時間で詳細な観測データが得られるようになってきました。 「データ同化の研究者としては、最先端のシミュレーションと最先端の観測データを組み合わせたらどんなことができるのだろうと、わくわくします。それぞれ単独でも大きな価値を持っていますが、 組み合わせることで新しい価値を生み出すのも、私たちの仕事です」

三好さんが注目したのは、フェーズドアレイ気象レーダによる観測データです。フェーズドアレイ気象レーダは、ゲリラ豪雨や竜巻などを観測するために開発されました。30秒ごとに、 半径60km、高度14kmまでの範囲を観測して、3次元の降水分布を100mの解像度で取得することができます。「最新鋭のフェーズドアレイ気象レーダによって、 初めてゲリラ豪雨の前兆から終息までを詳細に観測できるようになりました。その観測データと、世界トップクラスのスーパーコンピュータ「京」による解像度100mの高精細シミュレーションを組み合わせることで、 ゲリラ豪雨の発生を事前に予測できるのではないかと考えたのです」

「局所的に急激な大雨をもたらすゲリラ豪雨は近年、増加しています。ゲリラ豪雨は日常生活にも大きな影響を及ぼします。 災害を引き起こすこともあります。ゲリラ豪雨の発生を事前に知ることができれば、と誰もが思うでしょう。しかし、従来の天気予報では、ゲリラ豪雨の予測は困難でした。

ゲリラ豪雨では、わずか数分の間に積乱雲が発生し急激に発達します。しかも豪雨となるのは局所的で、突然です。 それに対して、現在の天気予報は、2kmの解像度でシミュレーションして、1時間ごとに観測データを取り込んでいます。ゲリラ豪雨を予測するには、空間的にも時間的にも粗過ぎるのです。

ゲリラ豪雨を予測する

三好さんは2016年、ゲリラ豪雨予測手法の開発に世界で初めて成功しました。

図3は、2014年9月11日に兵庫県神戸市を襲ったゲリラ豪雨の例です。左上がフェーズドアレイ気象レーダの観測データです。 ゲリラ豪雨の兆候が現れる直前の観測データを初期値として、「京」で30分後までシミュレーションを行いました。左下はデータ同化を行わなかった結果で、 雨雲が現れていません。右下は1kmの解像度で30秒ごとにデータ同化を行った結果です。 雨雲は出現していますが、観測データとは構造が異なっています。右上は、100mの解像度で30秒ごとに得られる観測データを用いてデータ同化を行った結果です。観測データをとてもよく再現しています。

図3 2014年9月11日午前8時25分の神戸市付近における雨雲の分析
図3 2014年9月11日午前8時25分の神戸市付近における雨雲の分析
解像度100mのビッグデータ同化では、積乱雲内部の微細構造や降水分布が観測データをよく再現している。 解像度1kmのデータ同化では、観測データを再現し切れていない。
赤は強い雨、青は弱い雨を表している。
左上:フェーズドアレイ気象レーダの観測データ
左下:データ同化をしないシミュレーション結果
右上:解像度100m、30秒ごとのビッグデータ同化によるシミュレーション結果
右下:解像度1km、30秒ごとのデータ同化によるシミュレーション結果

「100mの解像度で30秒ごとのデータ同化というのは、これまで例がありません。先端研究でも、解像度1km、数分ごとでした。まさに桁違いの“ビッグデータ同化”を実現したのです」と三好さんは声を弾ませます。 「私はとてもラッキーでした。 ビッグデータ同化をやりたい人は世界中にたくさんいると思います。しかし、『京』を使えて、フェーズドアレイ気象レーダの観測データを入手できる人は限られています。もしかしたら、私だけかもしれません」

天気予報に革命を起こす

この成果をまとめた論文は、米国の科学雑誌『Bulletin of the American Meteorological Society』2016年8月号に掲載されました。 「論文のタイトルは、『“Big Data Assimilation” Revolutionizing Severe Weather Prediction』(天気予報を革命する「ビッグデータ同化」)。 “革命”は言い過ぎだと査読者や編集者から修正を求められるのを覚悟していましたが、 そのまま掲載できました。私たちの成果が、超高速・超高精細な天気予報を実現するなど、天気予報に革命をもたらすと認められたのです」(図1)

図1 解像度100mのビッグデータ同化によるシミュレーション
図1 解像度100mのビッグデータ同化によるシミュレーション
赤は強い雨、青は弱い雨を表している。フェーズドアレイ気象レーダの降雨分布や風などの観測データをもとに、雲もシミュレーションしている。上は断面、下は雲の中を透視したもの。

ゲリラ豪雨予測は、2020年に実証試験を行うことを目指しています。三好さんは、「ゲリラ豪雨予測システムの実用化には、大きく二つの問題を解決する必要があります。計算速度と予測精度です」と指摘します。

観測データは30秒ごとに更新されますから、観測データを計算機に取り込んでシミュレーション結果とデータ同化する、という一連の処理を30秒以内で終わらせなければいけません。 しかし、現在は約10分かかっています。20倍も高速化できるのでしょうか。三好さんは「最初は1時間以上もかかっていたんです」と笑います。 「大丈夫。計算科学研究機構(AICS)には、こういう計算をするには計算機をどう使えばいいかを熟知している計算機科学のプロがいます。彼らと連携することで、30秒以内で処理できるようになると信じています」

予測精度の問題は、現在は5分を超えると急激に低下してしまうことです。三好さんはシミュレーションに用いている数値天気予報モデルにもその要因があると考えています。 現在の天気予報に使っているモデルで、それは解像度数kmのシミュレーションを前提として開発されたため、解像度100mのシミュレーションでは不具合が出てしまうのです。 三好さんは、AICS複合系気候科学研究チーム(富田浩文チームリーダー)が中心となって開発したSCALEというモデルを使うことで予測精度が改善されることを確かめています。 「SCALEは、もともと高解像度のシミュレーションを想定してつくられています。しかも私たちは同じ建物にいるので、いつでも改良の相談ができます。AICSの研究環境は素晴らしいですね」

つなぐ──データ同化の魅力

三好さんは、「データ同化の研究者は、まだ少ないんですよ」と残念そうに語ります。「データ同化を学べる大学が少ないのです。しかし、データ同化は天気予報だけでなく、あらゆる分野のシミュレーションに適用できます。 今後ますます、ビッグデータを活かすために、ビッグデータ同化の重要性が高まるでしょう。ぜひ多くの人に、データ同化の世界に入ってきてほしいですね」

データ同化の魅力は?「データ同化は、シミュレーションと観測をつなぐ仕事です。それは、人と人をつなぐことでもあります。つなぐって、とても楽しいですよ」

(取材・執筆:鈴木 志乃/フォトンクリエイト)

この記事は「計算科学の世界」NO.13
に収録されています。
計算科学の世界 VOL.13(PDF:5.97MB)pdf